労働者日々の戦い 日通労働者連絡会で団結
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Nippon Express 日本通運 尼崎アスベスト裁判 第13回期日(証人尋問) の報告
Nippon Express 日本通運 尼崎アスベスト裁判 第13回期日(証人尋問) の報告

2011年10月13日(木)午前10時15分から神戸地裁う尼崎支部3階1号法廷において、延べ3日ある証人尋問の最初で、原告側証人の尋問が行なわれました。

まず、Mさん(中皮腫で亡くなったSさんの妻)
・昭和43年から52年の間に日通尼崎港支店の小型トラック運転手をしていた夫から日通大物倉庫の大きなプラットホームでアスベストの仕事を始めた頃も仕事の話を毎日のように聞いていました。
「海上コンテナで週に2~3回来る。5~6名で1回2~3時間、多いときは3台来て丸1日かかる。アスベストはビニールに覆われていたが間からこぼれていた。ホームは風通しが悪くアスベストの粉塵がもうもうと舞っていた」
・昭和41年に子供が生まれていたので、作業服・タオル・靴下を子供が着るものと一緒に洗わないように言われていました。キラキラ光っていたアスベストは「チクチク痛く子供に良くないから」と。
・夫は、首・腕・手が赤く腫れ痒ゆそうにしていました。
・アスベストが危険だとは、日通から聞いていませんでした。
・平成13年に中皮腫と診断され、抗がん剤を飲み、髪の毛が抜け、吐き気で食欲がなくなり痩せ細り、胸膜を全摘手術しましたが、平成15年に亡くなりました。
・日通に、規定の補償を求めましたが、退職者は部外者と言われました。
*日通側からの反対尋問では、「アスベスト専門でなかった、アスベストの袋の大きさが記録と違う、退職後は健康だった」などと的外れな質問をしていた。
*クボタ側からの反対尋問では、「ホームには高い屋根があり壁が左にあった、車庫は露天、コンテナからアスベストを卸してホームに積み上げ、運ぶ時は大型トラックに積み替えてSさんは小型なので運んだことはない、尼崎杭瀬に20年くらい住んでいた(答え:尼崎クボタから近くない)、タバコは?(答え:1日1箱吸っていた)」などの質問をしていた。
*裁判官からの質問の答えでは、「アスベストの色や種類は聞いていない、アスベストを吸っていた時期は昭和43年から52年の間だった、赤く腫れたようになっていた」などが明らかにされた。

次に、Aさん(クボタ神崎工場へアスベストを運ぶ仕事をしていた日通尼崎港支店大型運転手)
・アスベストの運搬は週に2~3回、昭和36年~46年まで約10年間、大物車庫に出勤面着し神戸港で積み込みクボタ神崎工場へ平台にシートを被せて運ぶ。倉庫のハイ付け40段、倉庫手が手カギを使いコンベアに入れドテっと80㎝の落差があるトラックの荷台に落とし、運転手は荷台上でハイ付けをする、アスベストは目の粗いドンゴロス(麻袋、茶色、30kg)で表面が破れていたのが一杯あった。引っ張り放り投げて移動するたびにホコリが出る、換気はなかった、すごいホコリで自分のタオルで口を巻いた。破れた袋から荷台にこぼれたアスベストは箒で掃いて倉庫内に落とし、それを倉庫手が掃いて棄てる。すごいホコリで1時間くらい、宵積みもある。アスベストが危険だとは教えられていない、マスク着用指導受けてない。
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尼崎ってどんな街ですか。
 日本通運のアスベスト裁判で、出てくる尼崎市ってどんなところでしょう。私の個人的な感想では、神奈川県の川崎市に似ているのかな。工業が発達していて、世界の最先端をいく技術もいっぱいあると言われています。世界中からいろんな国の人たちが働きに来ています。公害訴訟もあり、かつては光化学スモッグや国道43号の騒音なども問題になりました。人情味があり、差別や偏見との戦いもある、生身の人間を感じることのできる街です。ちなみに「大橋家日通との戦いブログ」でおなじみの大橋さんも尼崎在住です。尼崎労働者安全衛生センターの飯田さんはかつて尼崎市の市議でした。
 神戸港で積まれたアスベストは尼崎のクボタまで運ばれました。その過程で原告たちは被災したのでした。尼崎で多くの企業は人命を尊重しながら、必死に不況と闘っています。社員や家族を顧みない企業など多くはありません。日通アスベスト裁判を通じて、尼崎の良心を取り戻していきましょう!!
日本通運 尼崎アスベスト裁判!!
 尼崎労働者安全衛生センターで取り組んできた、日本通運に対する、尼崎アスベスト損害賠償裁判準備が整い、ついに提訴に至りました。
 五件の裁判を取りまとめて集団での提訴にこぎつけるには、大変な苦労があっただろうと察します。 これからが本当の戦いです。
 これで奈良王寺の吉崎さんのアスベスト訴訟とともに、日本通運のアスベスト被害者に対する理不尽な仕打ちに対する訴えが出そろいました。

 提訴     1月30日(金)午後1時30分  神戸地裁尼崎支部 (JR立花駅下車徒歩10分)
 記者会見  同日      午後2時30分  尼崎市役所

 問い合わせ 尼崎労働者安全衛生センター TEL06-4950-6653




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