労働者日々の戦い 日通労働者連絡会で団結
安全配慮義務違反、偽装請負、アスベスト被害、パワハラと闘おう!!
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名もなき労働者です。ITオンチのわたしが、このブログを立ち上げねばならなかった背景をお察しください。



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日本通運 奈良王寺アスベスト裁判の報告です。
 日本通運とニチアスを訴えている吉崎さんの裁判の報告が届きました。
  

 5月20日(水)午後4時から大阪地裁1010号法廷で、ますます増え続ける日通との勇気ある闘いの仲間と支援者が傍聴に駆けつける中、弁論が開かれました。裁判官は大橋家の裁判と同じです。
 
 進行協議と法廷とを交互で行なっているため、先の進行協議で大まかに決めたことを、その後の法廷の中で確認をしているから、傍聴者は、分かりづらいという声が多くありました。
 
 まず、準備書面を各々提出し、原告は、葛城労基署に「粉塵調査をしたデーターを出しなさいと」裁判所から要求してもらっています。また、1972年に朝日新聞に掲載された「ニチアスが行政の規制が始まって行なった71年の粉塵調査で濃度が高かった」というデーターを出しなさいと要求しましたが、ニチアスは出す必要がないと答えています。亡くなった本人が働いていたのは1969~1971年の間です。
 また、本人は日通の駐在員として事務と作業手配などのためにニチアスの倉庫で作業応援もしながら働いていましたが、「倉庫の中で働いていない」とニチアスは堂々とウソをつきました。その点について裁判官は、「予備的主張はしないか」(「あとで、『倉庫の中に入っていた』と言うなよ」)と釘を刺しました。
 証人については、ニチアスが関係者を明らかにせず、日通が所長など3人を明らかにしていますが、余り当時の状況を知らない1人を出そうとしています。原告は、故吉崎さんと一緒に働いたことがあり接触していた、石綿(アスベスト)を吸っている、その他の2人を敵性証人として呼ぶことにしています。
 次回の進行協議は7月21日(火)午後4時、弁論は7月29日(水)午後4時です。

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郵政グループに追徴課税
 JPエクスプレスの立ち上げ中の郵政グループで、追徴課税が発生しています。

 朝日新聞の記事です。

 日本郵政グループ5社が07年10月の民営化後、初めて東京国税局の税務調査を受け、このうち郵便局会社と郵便事業会社が計約92億円を追徴課税される見込みとなったことがわかった。経費などの計上時期を誤った、いわゆる「期ずれ」などを指摘されたもので、経理処理を否認された法人所得額は2社で計200億円を超えるとみられる。

 郵政側は「民営化前から続けてきた経理処理が一部認められなかった。納得できないが指摘には応じる」などとしている。

 また、グループのゆうちょ銀行とかんぽ生命保険も税務調査を受けており、追徴額はさらに増える可能性もある。

 郵便局会社と郵便事業会社の追徴課税は、グループが22日に公表した09年3月期決算で明らかになった。いずれも加算税と地方税を含む金額で、郵便局会社が約57億円、郵便事業会社が約35億円を追徴課税される見込み。

 いずれも、旧郵政公社の民営化で企業会計方式に基づき税務申告することになったものの、経理処理の誤りを指摘されたという。

 持ち株会社の日本郵政によると、郵便局会社は「営業手当」と称して、職員の勤務評価に応じた額を給与とは別に半年ごとに支給してきた。このうち08年夏の支給分を「未払い給与」として08年3月期の経費に計上したが、実際に支払われた09年3月期の経費として計上すべきだったと国税局から指摘された。

 郵便事業会社も同様に、一部の切手やはがきの収益と経費の計上時期について、誤りを指摘されたという。

 調査対象となったのは、旧郵政公社の民営化に伴って2社が発足し、企業会計に移行して法人税を納税することになった07年10月から08年3月までの半年分。郵便局会社は郵便局の窓口業務を担当し、郵便事業会社は配達・物流を担当している。


大橋家の帰国に目途
 大橋家の日本通運裁判の証人尋問の期日が近づいてきました。インフルエンザの影響で日本への入国に支障があるのではと心配されていた大橋家でしたが、新型インフルエンザに対する対策が、空港での検疫から、拡大予防に重点を移したことから、アメリカ在住の大橋家の入国に支障はほぼなくなりそうです。
 大阪や神戸では、マスクが手に入らないとパニックに近い状況です。新型インフルエンザは毒性が弱いため通常のインフルエンザ対策が奨められていくようです。インフルエンザによる騒ぎが落ち着く頃には、いよいよ日本通運裁判も大きくクローズアップされるでしょう。

 6月1日 会社側証人尋問 

 大阪地裁1010号廷
10時20分 保険指導員
13時30分 次長
       課長
       総務

大阪航空支店 Mさんの労働審判 本日です!
 日本通運の大阪航空支店、Mさんの労働審判が本日、初回となります。以前掲載しました記事を再掲いたします。パワハラやいじめ、見せしめとしての「下車勤務」でお悩みの方に注目していただきたい事案です。 

 
 日本通運の大阪空港支店で働くドライバーがサービス労働を強要する上司に反発したことから、いじめが始まり、見せしめの掃除やたまにしかしない荷扱いだけで仕事がない、いわゆる「下車勤務」を半年も命じられて、うつ病になり、治療のため、2か月の傷病欠勤が終わって職場復帰の、なんと、初出勤の日に懲戒解雇されました。

 ドライバーにとっては、ハンドルが握れないことと、基本給だけでは生活できない賃金実態があるなか、残業代がないことはとてもつらいことです。会社は「下車勤務」をパワハラ上司に従順な社員を作るために効果的だと懲罰的に利用しています。

 今回も、日本通運の企業内組合の全日通労働組合は、本人からの事情聴取さえ行わず、懲戒委員会など会社と出来レースをして、「懲戒解雇やむなし」と結論付けています。

 そこでやむを得ず、「懲戒解雇は不当」だと、3月26日に、3回で審議が終了する労働審判の申し立てを行いました。初回は5月14日(木)午前10時30分、大阪地裁8階の労働審判法廷で開かれます。大阪地裁では労働審判における傍聴はできませんが、多数の方々に支援に来て、報告会に参加していただきたいと思います。


 以上、Mさんの支援者の方からいただいた文章に、一部加筆して掲載させていただきました。


日通 大橋家裁判 6月1日証人尋問
 日通グループで鬱になる方は多いのですが、日通うつ自殺裁判の中で、特に注目されている大橋家裁判の証人尋問の日程が近づいてきました。

 大坂地裁1010号法廷にて
 6月1日(月)午前中10:20~12:00午後13:30~16:00日通側の証人尋問です。

 これから提訴しようと思っておられる方。是非とも大橋家裁判をご覧になって参考にしてください!

日本通運 アスベスト裁判(尼崎)
 大橋家のブログより、尼崎アスベスト裁判の報告を転載します。現役の社員にはパワハラを、退職者や遺族は部外者として無視・・・。日本通運の態度は徹底しています。 

 4月23日(水)午前10時30分から神戸地裁尼崎支部1号法廷で、マスコミも駆けつける中、傍聴券が発行され、傍聴できなかった方も多く出るような状況で、初回弁論が開かれました。
 まず、古嶋さんから次のような意見陳述がありました。
 ―夫は、昭和11年に兵庫県養父市に生まれ、1956年~62年までの6年余り、日通尼崎港支店からクボタ神埼工場に石綿の入ったドンゴロス(麻袋)を運び、積卸ピット(引っ掛けて荷扱いをする)作業に従事していました。そのためドンゴロスに穴が開き、アスベストの粉塵が飛散し、マスクがなく全身が真っ白になっていました。
 私たちは、昭和34年に結婚し、光化学スモックを避け明石へ転居しました。夫は2004年12月から足のむくみと腹の膨らみが出てきて、病院に行くと、水がお腹にたまっていてアスベストによる中皮腫と診断されました。生き証人として労災申請しましたが、食欲なく、腹水が溜まってお腹が膨らみ、痛みが激しく一睡も出来ないので、モルヒネを投与し、2005年3月、68歳で亡くなりました。受診から4ヶ月のことでした。
 そのあと、今度は娘がまた中皮腫に・・・。幼児のときに父と接触していたのが原因です。娘は1999年に夫と死別し3人の子どもを育てていました。働いていた本人ではないので労災は適用されません。娘は昨年8月に亡くなりました。
 自分もいつ発症するかも知れない不安の中、2006年1月から日通と補償の話し合いを延べ6回もしましたが、責任者は現れず、「アスベストは運んでいない」と否認し、「退職者だ」と部外者扱いしました。―(要約)
 このあと、進行について裁判官から促されると、日通側は、「なにしろ50年くらい前の話、なかなか事実関係わからない」、クボタは「治験の証拠がない」と逃げましたので、証拠の出し方について5月21日(木)午前10時30分に進行協議を持つことになり、2回目の弁論期日は7月2日(木)午前10時30分、1号法廷に決まりました。
 裁判後にもたれたミニ報告集会では、まず弁護士より、原告からは訴状提出、意見陳述と進めたが、被告からは骨だけの答弁書が出ているだけなので次回までに主張の補充がある。原告は、膨大な証拠を提出し、被告反論に対する再反論を行う。と説明がありました。
 そして、この尼崎アスベスト裁判を支える会からのカンパ要請があり、旧国鉄の方から、アスベスト補償交渉で1年半かかりましたが、この3月に和解で解決しました。と報告があり、また、私たち大橋家の裁判がいよいよ証人尋問なので、傍聴の要請をしました。





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