労働者日々の戦い 日通労働者連絡会で団結
安全配慮義務違反、偽装請負、アスベスト被害、パワハラと闘おう!!
プロフィール

ogamiitto

Author:ogamiitto
名もなき労働者です。ITオンチのわたしが、このブログを立ち上げねばならなかった背景をお察しください。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



FC2カウンター



FC2カウンター

現在の閲覧者数:



メールフォーム

ご意見・ご質問などお待ちしています。

名前:
メール:
件名:
本文:



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

全日通労働組合 立候補の自由侵害裁判 第二回弁論
8月10日(火)午前11時、大阪地裁716号ラウンド法廷で第2回目の弁論が開かれました。組合側は前回と同じく弁護士1人でしたが、原告側は森博行・小谷成美弁護士の2人、支援の傍聴者で満席でした。
裁判官から組合側に「任期については『申し合わせ』だけで規則類には書いてないでいいか?」と念押しがあり、組合側はそれを認め「原告準備書面に反論を出す」と言ったあと、裁判官は「書証類(証拠)はもうないですね、そしたら弁論はここまで」と宣言し、原告側を残し「協議会書記長選挙について問題であることはある、班長選挙でミスは認めている」と和解の打診がありました。しかし、「原告には和解しても利益がない、裁判所の判断(判決)を頂きたい」と森弁護士が言って、裁判官が「原告はそれでいいですか?」と聴いたので、梅川さんは「同じです」ときっぱり言い、「そしたらやめます」と、あっさり和解の協議は打ち切られ、「人証(証人)が必要なら申請出して、書面は次回期日の1週間前」となりました。
森弁護士から「班長は規約上の大事な組織であって班長の役割は大きく損害は組合が言うように軽微ではない」「協議会役員の任期は全国や支部のように定期大会から定期大会が普通」「再雇用制度で希望すれば組合員資格は続く」「『(任期途中退職者は立候補しない)申し合わせ』は規約でない」「特定日を決めたのは梅川対策だ」「次回結審か?」と解説がありました。


第三回期日は下記のとおりです。

* 9月29日(水)  午後1時10分。


* 大阪地裁716号法廷。


傍聴参加お願いします。10人程座れます



解説 どんな裁判!?

09年の秋、梅川さんが2年に一度の組合役員選挙に出馬。組合は「任期最終日の前日に定年退職するので資格がない」として、08年と09年の支部大会で“一日足らず”になるよう任期を決めたことを根拠に受け付けを拒否。また、告示を立候補締め切り後に知らせ出馬させなかった。恣意的な立候補の妨害、組合の根本的なあり方を問う裁判。


スポンサーサイト
韓相烈(ハン・サンニョル)牧師を国家保安法違反容疑で拘束する方針
韓国の情報機関、国家情報院と検察当局は20日、政府の承認を受けずに北朝鮮に入っていた韓相烈(ハン・サンニョル)牧師が同日、南北の軍事境界線上にある板門店を通って韓国に戻ったところで連行した。容疑が固まり次第、国家保安法違反容疑で拘束する方針。

 一方、韓国統一省は同日、北朝鮮支援団体から出ていた中国国内での北朝鮮側との接触要請を受諾した。韓国哨戒艦の沈没事件を受けた独自の対北制裁措置を5月に発表した後、第三国での南北接触を認めたのは初めて。韓国政府は、北朝鮮政策で微妙なかじ取りを続けている。

 韓牧師は、初の南北首脳会談で出された共同宣言の10周年を祝う行事に参加する目的などで6月、韓国政府の許可を受けずに訪朝。6月22日には平壌で記者会見を開き、哨戒艦沈没事件について「韓米同盟で主導権をとり続けたい米国と、(統一地方)選挙に利用しようとした李明博(イ・ミョンバク)(政権)による合同詐欺劇」と語ったとされる。

 韓国メディアが関係者の話として伝えたところでは、韓牧師は20日午後、北朝鮮側の軍人ら約200人に見送られて、朝鮮半島が描かれた統一旗を手に軍事境界線を越えて南側に帰還したところをすぐに連行された。

 一方、統一省が北朝鮮側との接触を認めたのは対北協力民間団体協議会で、22、23の両日、中国・瀋陽で乳幼児の食糧支援や水害支援などを北朝鮮側団体と協議する。韓国政府は13日、マラリアの予防薬を届ける支援団体の訪朝を認めており、これに続く措置となる。

漱石はなぜ閔妃墓を訪問したのか?
作家夏目漱石は、日韓併合前年の1909年秋、旧満州・韓国を旅し、ソウルに10日ほど滞在した。ここで漱石は、市内の閔妃(びんひ)の墓に参観した。日本人が殺害したとされる閔妃事件は、近代日韓関係に刺さったトゲだが、漱石はなぜ閔妃墓を訪問したのか。漱石は韓国で何を見、何を見なかったか。併合100年の夏、現地を取材した。

 漱石は韓国でも近代アジアを代表する作家として知られ、小説はほとんど翻訳されている。とりわけ『坊っちゃん』は人気があり、子ども用の絵入り本を含め、翻訳が数種類もある。

 旧満州を旅したあと、漱石は1909年9月30日、ソウルに着き、10月13日まで滞在した。帰国後、紀行『満韓ところどころ』を朝日新聞に連載するが、連載は満州の途中(撫順)で中断し、韓国編は書かれなかった。ただ、日記に韓国旅行の記述がある。

 日記によると、漱石は10月5日ソウル市内を見物、閔妃墓にも参観している。「閔妃墓。渋川・○○・陶山・矢野。……土饅頭(つちまんじゅう)の二重。御影の玉垣。左右と後ろの松山。……」。文中の渋川とは、東京朝日新聞社会部長渋川玄耳のことで、そのときやはり韓国を旅しており、帰国後、ルポを朝日に連載した。

■単なる史跡見物?

 ふたりとも、閔妃事件の日本人関与については、全く触れず、感想もない。漱石らの訪問は、事件の14年後だが、真相は明らかにされず、日本人一般の認識は、反日の閔妃が混乱のなかで死亡した、という程度だったようだ。

 韓国における漱石研究の第一人者である尹相仁・漢陽大学(ソウル)教授は「満韓旅行で漱石は、満鉄や朝鮮統監府の日本人ばかりと会って、中国人、朝鮮人は見ていなかった。閔妃墓訪問の前日に景福宮などを見物しており、宮殿を見たから次は墓を、というほどの意識で行ったのだろう」と言う。

 史跡見物が目的だったとみる点では、高崎宗司・津田塾大教授(近代朝鮮史)も同じ。ただし「(漱石は)新聞社幹部や統監府高官に会っており、事件の真相はうすうす知っていたのではないか。内村鑑三のように、朝鮮人インテリと知り合えば、違った認識を得ただろうに」と言う。

■「支配の構造見ず」

 漱石が行った閔妃の墓は、市東部の清涼里にある森林研究所樹木園の中にあった。中央の建物を迂回(うかい)して森を上ると、小さな広場があり、その先に直径10メートルくらいの縄で囲まれた盛り土があった。ここが閔妃の墓だった。

 もっとも、後に遺骨は移され、現在はソウル郊外の南楊州市にある洪陵が正式な閔妃の墓で、多くの市民はここが閔妃のもとの墓だったことは知らないという。

 漱石は荒々しい原野が続く満州と比べ、湿潤な朝鮮の風土に親近感を持ち、差別的な言葉や着々すすむ日本支配を支持する言動はみられない。韓国人は気の毒とも日記に記す。一方で、数次にわたる日韓協約で外交権、警察権を奪われて、各地で発生した反日暴動への記述もない。

 『こころ』の翻訳もある朴裕河・世宗大学(ソウル)教授は「確かに漱石は同情しているが、日本の支配の構造、裏側を見ようとしない。知識人ならそこを考える義務があるのでは」と話す。

 今年2月、日本語で『漱石と朝鮮』(中央大学出版部)が出版された。著者は、韓国での漱石研究の第2世代にあたる金正勲・全南科学大学(光州)副教授だ。

 金氏は、漱石日記の一節にヒューマニズムをみる。日本人職人が大声で喧嘩(けんか)しているわきを、「風雅なる朝鮮人、冠を着けて手を引いてその下を通る。実に矛盾の極なり」(日記)。金氏は「歴史認識をしっかり踏まえたうえで、批判だけで終わらず、文化共存の視点から、漱石文学の新しい読みをしたい」という。

 また尹教授は、書かれなかった『満韓ところどころ』の韓国編を、あの戯文体で書きついでみたい、という。漱石の閔妃墓参観について、尹教授はどう描くのだろうか。(牧村健一郎)

    ◇

 〈閔妃殺害事件〉 朝鮮李朝26代高宗の妃、閔妃(明成皇后)が1895年10月、日本公使が指揮する日本官憲、浪人らによって殺害されたとされる事件。当初は韓国人が犯人として検挙されたが、目撃者の証言から日本人が疑われ、広島で日本人の裁判があったが、全員免訴になった。

障害を理由に会社から昇進試験を受けることを拒まれたとして・・・
障害を理由に会社から昇進試験を受けることを拒まれたとして、パラリンピック・アテネ大会車いす1600メートルリレーの銅メダリスト寒川(かんがわ)進さん(41)=京都市西京区=が10日、勤め先の自動車部品メーカー「ジヤトコ」(本社・静岡県)に約1800万円の損害賠償などを求める訴訟を京都地裁に起こした。

 寒川さんは入社後の1989年、バイクの転倒事故で下半身不随になり、車いすで陸上競技を始めた。パラリンピックには2004年のアテネ大会、08年の北京大会に出場し、現在は京都府南丹市の同社工場で自動車部品の検査業務にあたっている。

 訴状によると、寒川さんは05年以降、昇進の際の講習と検定の受講を上司に何度も申し入れた。しかし、研修施設が車いすに対応していないことなどを理由に断られたり、昇進についても「これ以上は無理だろう」と言われたりしたと主張している。寒川さんは、昇進試験を受けていれば得ていたとみられる職能等級にあることの確認も求めている。

 寒川さんは提訴後に京都市内で開いた記者会見で「一般の社員と同じ業務をこなしてきた自負はある。障害を理由に昇進を拒むのはおかしい」と語った。ジヤトコ経営企画部は「訴状が届いておらず、コメントは控えたい」としている

子供たちを標的にするとは卑劣!!
京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)の前で「日本から出て行け」と拡声機で叫んで授業を妨害するなどしたとして、京都府警は10日、威力業務妨害容疑などで「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の幹部ら4人を逮捕した。本部を置く東京の会長宅なども家宅捜索した。
 府警によると、逮捕されたのは在特会副会長で電気工事業の川東大了(かわひがし・だいりょう)容疑者=大阪府枚方市=、在特会京都支部運営担当でマンション管理人の西村斉(ひとし)容疑者=京都市右京区=ら30~40代の男性4人。
 4人は他の在特会メンバーらとともに昨年12月4日昼、同校周辺で1時間近くにわたり、拡声機で「北朝鮮のスパイ養成所」「日本から出て行け。スパイの子ども」などと怒鳴って授業を妨害し、同校の名誉を傷つけた疑いがある。隣接する児童公園で、同校が管理するスピーカーのコードを切断したとする器物損壊容疑も持たれている。学校側が昨年12月に告訴した。
 在特会は、市が管理する児童公園を学校が運動場代わりにし、スピーカーやサッカーゴールを無断で設置していた点をただそうとしたと主張。川東容疑者は逮捕前、朝日新聞の取材に「違法な設置物を撤去したうえで話し合おうとしたが、学校側に拒否されたので抗議しただけだ」と説明していた。
 府警は、大勢のメンバーが押しかけて、ののしりの言葉を大音量で繰り返し、子どもたちを不安に陥れた点を重視。授業ができなくなる事態に追い込んだ結果は見過ごせないと判断した。
     ◇
 京都朝鮮第一初級学校には、在日朝鮮人の小学生ら約100人が通う。
 学校関係者によると、在特会による最初の街宣活動があったのは昨年12月4日。拡声機から大音量の叫びが発せられる間、子どもたちは教室で泣き続けていた。ある女子児童は帰宅後、親に「もう学校に行きたくない」と訴えたという。約1カ月後に再び街宣があった際、学校側は課外授業を実施し、児童を校外へ避難させた。
保護者の30代の男性は「いたずら電話など陰湿な嫌がらせは今までにもあった。今回は公然と学校に押しかけられ、子どもたちはショックを受けた」。学校関係者は「子どもの身を守り、尊厳を守ることが私たちの務め。民族差別を許さない社会をつくるには、法律できちんと裁いてもらう必要がある」と語る。
 同校への街宣は今年3月までに計3回。京都地裁は5月、街宣をすれば1日100万円の制裁金の支払いを在特会に命じる決定をし、その後は止まった。

日通ペリカン便偽装請負裁判 第8回期日 報告
日通ペリカン便偽装請負裁判 第8回期日 報告

日通の経営陣はペリカン便をとうとう絶滅させましたが、その旧城東ペリカンセンターでの偽装請負を追及する裁判の和解協議が大阪地裁(8階)書記官室で7月22日(水)午後4時から行われました。
和解協議が終わってから弁護士から話を聞きました。「裁判官は、松下PDP事件で大阪高裁が『黙示の労働契約』を認めたのをひっくり返した最高裁判決を必要以上に重く受け止めている。一方、『偽装請負』はハッキリしているから日通から金を払わせようとしている。しかし、『8時間ではなく長時間(10時間)働いての歩合だから2.5割増部分の差額だけ未払いになる。運送・タクシー関係は長時間働くからこの賃金となっている』との言い方をしていて、『(労働基準法で規制する)8時間を超えた時間分の1.25割増』の原告主張とは違っている。ただ、金額はともかく、日通に残業代を払わせると言うことは日通の雇用上の責任を事実上認めたことになり、原告主張の筋は通る。」とのことでした。裁判官の和解提案を日通も持ち帰り次回にその結果が出る予定です。
ところで、日通代理人の高野弁護士によると「日通は、(原告が形式上の委託契約関係を結んだトンネルピンハネ下請業者の)『坂本軽貨物』を2回も呼んで、和解金を払わせようとし、原告に『坂本軽貨物』を斡旋したSDのTさん(JPに7月1日採用)にも払わせようとした」というような全く恥ずかしいことをしていたことが判明しましたが、当然ながらどちらからも断られたそうです。日通は、不法の責任を認めたくない一心でしたことだと思いますが、責任転嫁もはなはだしく、大企業のコンプライアンス(法令順守)社会的責任(CSR)もあったものではなく、呆れてしまいます。
『坂本軽貨物』は現在、JPエクスプレスの解散により日通との取引関係はなく、SDのTさんも日通を辞めJPに採用されたので、日通とは何ら利害関係はありません。むしろ『坂本軽貨物』に至っては、委託契約満了の2ヶ月前に日通から一方的に切られていますので、火に油を注ぐようなことになっています。
次回は8月11日(水)に大阪地裁8階の書記官室で再び和解協議がされます。


日本通運 尼崎アスベスト裁判 第7回口頭弁論 の報告です!
尼崎アスベスト裁判 第7回口頭弁論 の報告

7月22日(木)午前10時30分に神戸地裁尼崎支部3階1号法廷で、第7回目の口頭弁論が開かれました。カンカン照りの猛暑の中30人以上の席がある法廷は今回も傍聴者で一杯でした。
今回も前回に引き続き書面の確認だけで3分ほどで終わりました。
そして、裁判所の敷地内で報告集会が持たれ、弁護士から「日通は知見論(危険なものとは分からなかったとする予見可能性の論法)、クボタは事実関係(泉南アスベスト国家賠償裁判判決を踏まえて)を主張したいと言った。それが出されれば原告が反論して争点が煮詰まる。証人尋問は年明けになるだろう。」「アスベストの過去の検証報告書から都合の良いところを出しているが、泉南判決はそれを踏まえているのであまり意味のないことだ。」と解説がありました。
その後、6月29日にあった日通株主総会行動について2人の株主総会出席者から「尼崎アスベスト裁判も含めたビラまきマイク宣伝や株主総会で社長に早期解決も要求した」などの報告があり、これからもあらゆる方向からいろんな闘いを行い、共に闘って行くことを決意表明されていました。
次回弁論は10月21日(木)午前11時、いつもと同じ神戸地裁尼崎支部3階1号法廷です。





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。